聖日礼拝メモ 7月12日
聖書 マタイの福音書5章1−12節
山上の説教の初めにある八つの幸いについて、今朝も思い巡らします。今朝は、三つ目の幸いです。「柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐからです。」
皆さんは、柔和な心の持ち主にあったことがありますか。柔和というと、弱々しい感じを受けるかもしれません。しかし、聖書で柔和と言っているのは、しっかりした芯のある人のことです。それは、生まれつきの人の性質ではありません。聖霊による恵みなのです。ですから、私たちには希望があるのです。
柔和の反対は、粗野、怒りっぽいこと、力づくで押し付けること、仕返しをすることです。
聖書には、柔和な人が記されています。まず、イエス様です。有名な招きの言葉のすぐ後に、イエス様ご自身が語っています。
「全て疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心が柔和でへりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎを得ます」(マタイ11:28−29)。この言葉を語れるのは、イエス様だけです。私たちがこの方と共に歩むとき、イエス様の柔和がどのようなものかを知ることができるでしょう。そして、少しでもその心をいただくことができることでしょう。
イエス様については、いま一つの箇所を開きましょう。マタイの福音書21章の初めの部分です。エルサレムに入城した時のことです。ろばの子に乗って入城したことの説明が、旧約聖書の引用で解説されています。「娘シオンに言え。『見よ、あなたの王があなたのところに来る。柔和な方で、ろばに乗って、荷ろばの子である、子ろばに乗って。』」王として、軍馬に乗って入場するのではなく、ろばの子に乗って入城するのです。そこにイエス様の柔和が現されています。
旧約聖書では、モーセについて柔和な人であることが記されています。民数記21章の冒頭には、アロンとミリアムがモーセに文句を言ったことが記され、その中で、「モーセという人は、地の上のだれにもまさって柔和であった」とあります(3節)。モーセが特別扱いされているのを妬んだのです。しかし、それは神様の怒りをもたらし、ミリアムはツァラアトに冒され、一週間、集団の外で待機させられるのです。モーセは、そのときもミリアムのために取りなしの祈りを捧げる柔和を表しました。モーセは、イスラエル人をエジプトから出て約束の地カナンに導く指導者として立てられていましたから、権威があるのに関わらず、イスラエル人が不平を言うたびにひれ伏して、神の前に出て行ったのでした。
新約聖書では、使徒パウロが柔和を表しています。コリントの教会を生み出したパウロに、ある人たちは「彼はおれたちから奪い取った」と言いました。そのような中傷をされても、パウロは怒ったりせず、弁明しているのが、コリント人への手紙第二です。「さて、あなたがたの間にいて顔を合わせているときはおとなしいのに、離れているあなたがたに対して強気になるパウロ自身が、キリストの柔和と優しさをもってあなたがたにお願いします」(10:1)。彼は、イエス様と共に歩みながら、イエス様の柔和を自分が受けていることを知り、イエス様の柔和さをもって、この書を書いているのです。
他にある、パウロの言葉を引用します。「私があなたがたを愛すれば愛するほど、私はますます愛されなくなるのでしょうか」(12:14)。「私は子供たちに語るように言います。私たちと同じように、あなたがたも心を広くしてください」(6:13)。
ある人は、柔和とは、「力づくでことを運ばない」、「忍耐して神を待ち望む」、「肩肘を張らない生き方」、「弁解しないこと」などと説明しています。
イエス様は、柔和な人は、地を受け継ぐと言われました。これは、詩篇37篇11節の言葉の引用だと言われます。この37篇は、柔和な人の姿をいろいろな角度から描いています。
- 腹を立てない人、妬みを起こさない人
3節 主に信頼し、善を行う 地に住み、誠実を養う
4節 主を自らの喜びとする
5節 自分の道を主に委ねる。主に信頼する。
7節 主の前に静まり、耐え忍んで主を待つ
8節 怒ることをやめ、憤りを捨てる。腹を立てない。
9節 主を待ち望む者が地を受け継ぐ。
16節 「一人の正しい人が持つわずかなものは、多くの悪き者が持つ富にまさる。」
17節 主は正しい人を支えられる。
18節 主は全き人の日々を知っておられる。
22節 主に祝福された人は地を受け継ぐ。
23節 主によって、人の歩みは確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。
これほどの恵みをいただけるのが、柔和な人です。「地を受け継ぎ」という言葉は、5回も現れます。この言葉は、パレスチナを指していましたが、イエス様が語るのは、未来の「地」、すなわち新しい地、新しい天のことです。イエス様が再臨されて、罪のために傷ついた天と地を新しくされます。それを相続するのです。
マルコの福音書10章29節、30節を読んでみましょう。「まことに、あなたがたに言います。わたしのために、また福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子ども、畑を捨てた者は、今この世で、迫害とともに、家、兄弟、姉妹、母、子ども、畑を百倍受け、来るべき世で永遠のいのちを受けます。」
柔和な人の受ける数々の恵みは計り知れません。彼は、主に委ね切った生涯を送る人です。