聖日礼拝メモ 3月22日
聖書 使徒の働き7章17−38節
モーセは、旧約聖書の中でも傑出した人物の一人です。エドマンの「人生の訓練」の中に、彼を取り上げた文章がありました。エドマンは、モーセの中に四つの特質があったと言います。
モーセの美しさ。この20節にも、「彼は神の目にかなった、かわいい子で」あったとあります。この「かわいい」を沢村五郎師は「気高い」という意味があると解説しています。
モーセの地位。彼は「ファラオの娘の子」という立場で王室に属する人でした。
モーセの学問。22節には、「エジプトのあらゆる学問」を教えられたと書かれています。ある人は、その学問とは、数学、幾何学、詩学、音楽、哲学、それに占星学が含まれていたと言います。これに法律の世界もあったことでしょう。
モーセの業績。軍隊の総司令官を果たせた人でした。
確かに、この四点はモーセのすばらしさを浮き彫りにします。そして、彼は、これらのことで自慢したり、誇りにしたりはしなかったのです。
クロスレイという人は、こう言っています。「モーセは旧約聖書中のすべての人物の中で最も偉大な人の一人です。彼は、イスラエルの全国民に深く、継続的に影響を与えました。彼は国民の指導者であり、律法を与えた人、預言者、歴史家でした。イスラエル人はだれも、彼の書いたものに疑問を差し挟みませんでした。あらゆる論争の中で、彼の律法が最終的仲裁者として訴えられたのです。ユダヤ民族に生まれ、エジプトの宮廷で教育され、ミディアンの地で孤独の中で主との四十年の交わりを持ち、生ける神の代弁者として、彼以上にふさわしい人はいません。」
私はエドマンの本を読みながら、イエス様はそれ以上だったな、と感じていました。
沢村五郎師は「聖書人物伝」の中で、モーセについて、六つのポイントを上げています。
1 任命。シナイ山のふもとで、生ける主の任命を受けて、従った人でした。
2 上よりの大胆さ。エジプトの最高の指導者で、神の化身とあがめられたファラオの前で、十の災いのために立ち続けた人でした。
3 信仰。ただ神に拠り頼んで二百万におよぶイスラエル人を40年間導いた人でした。メラの苦い水の中に一本の木を投げ込むように言われた彼は、信仰をもってそれに従い、水は甘くなりました。アマレクとの戦いでは、彼の祈りの手が上げられ続けて、勝利を得たのです。詩篇103篇には、「主がご自分の道を」モーセに知らせたと書かれています。神のやり方がどのようなものかを、モーセは教えられたのです。
4 自己滅却(自分を無くすこと)。罪を犯したイスラエル人を、神は滅ぼそうとし、モーセを新しい国民に育てると提案したとき、モーセは言いました。「今、もしあなたが彼らの罪を赦してくださるなら——。しかし、もし、かなわないなら、どうかあなたのお書きになった書物から私の名を消し去ってください」と。神の栄光のために、自分のいのちを投げ出して取りなすモーセのすばらしさ!
5 温柔。「モーセという人は、地の上のだれにもまさって柔和であった」(民数記12:3)。民に反対され、家族に反対されたモーセは、ただ神の前にひれ伏すだけでした。そして、神の指示に従ったのです。
6 報い。モーセは約束の地にイスラエル人を導いていったのですが、彼はその地に入れませんでした。アロンは自分の子どもたちを後継者としましたが、モーセはそれができませんでした。しかし、モーセが偉大であったことは、主イエスが姿変わりの山の上で、エリヤとともに主の前に立ち、その最期について語り合ったことです。この「最期」ということばは、原語でエクソダス、つまり脱出、出エジプトを表すことばです。モーセは、このような報いを受けました。地上の人生では受けなかった報いを、後に受けたのです。
モーセは律法を代表する人物です。しかし、約束の地に入れませんでした。民を約束の地に導き入れたのはヨシュアでした。ヨシュアのギリシア語は、イエスです。そして、イエスは、恵みとまことを実現したのです(ヨハネ1:17)。
最後に、ヘブル人への手紙11章の、モーセについて書かれている箇所を開きましょう。特に27節です。「信仰によって、彼は王の憤りを恐れることなくエジプトを立ち去りました。目に見えない方を見ているようにして、忍び通したのです。」彼の信仰の歩みは、なんとすばらしいのでしょうか。私たちも、主イエスを見ることはできませんが、そのしるしとして聖餐式をします。主イエスの十字架と復活こそ、私たちが仰ぎ見て行かなければならないことです。ハレルヤ。