聖日礼拝メモ 12月28日
聖書 イザヤ書60章15−22節
2025年の最後の聖日礼拝です。今年は「世の光」であるイエス様に聞き従っていきましょう、と新年に語りました。そして今年の最後には、終わりにふさわしいみ言葉を与えられるように願っていました。そしてイザヤ書の60章を聞きます。
この章は、シオンについての歌です。シオンはエルサレムを表しますが、ここでは、将来のシオンがテーマとなっています。そして、光、輝き、栄光などのことばがたくさん出て来ます。主イエスの臨在がシオンの町に人々を引きつけるのです。それを歌った詩が、この60章です。
「あなたの光が来る。主の栄光があなたの上に輝く」という出だしです。「あなた」と呼びかけられています。神の愛する都を擬人的に語りかけています。周りを見ると、「闇が地をおおっている。暗黒が地をおおっている」とあります(2節)。そこから、シオンに人々は光を求めてやって来ます。それは、南からも(ミディアン)東からも(エファ)北からも(ネバヨテ)、そして西からも(タルシシュ)やって来るのです(6-9節)。
そして、エルサレムの再建に力を尽くす様子が歌われます。主に献げるものをたくさん持ってきます。「イスラエルの聖なる方」がシオンに臨在されるからです(14節)。
15節では、かつて罪のために「捨てられ、憎まれて、通り過ぎる人もなかった」シオンの町を「永遠の誇り、代々の喜び」に変えると記されています。これは、ただ神の恵みによるのです。10節にあるように、「わたしは激しく怒って、あなたを打ったが、恵みをもって、あなたをあわれむからだ」とあるとおり、シオンを愛される主なる神様の恵みなのです。
輝くシオンに対して、国々や王たちは愛をもって養う働きをします(16節の「乳」はその象徴)。そのような神様からの恵みと人々からの祝福を得て、イスラエル人は、神こそが「主」であり、「救う者」「贖う者」で、その力強さを認識するのです。
神様の回復のわざは、資材の面でも向上しています(17節)。そして、平和と正義が支配するのです。その結果、「暴虐はもう聞かれず、…暴行と破滅は聞かれない」という平和な世界が現れるのです。そして、救いと喜びが満ちるのです。
19節は、黙示録を彷彿とさせることばが現れます。「太陽はもはや、あなたの昼の光とはならず、月の明かりもあなたを照らさない。主があなたの永遠の光となり、あなたの神があなたの輝きとなる。あなたの太陽はもう沈むことがなく、あなたの月は陰ることがない。主があなたの永遠の光となり、あなたの嘆き悲しむ日が終わるからである。」主ご自身が輝きをもって照らして下さる世界——正に新天新地の祝福の世界です。
「主があなたの永遠の光となる」と二回も記されています。日の光のように沈むことのない、主の臨在の光の中で暮らせるのです。栄光のエルサレム、シオンの姿です。
ヘブル人への手紙12章18節からの段落には、私たちが近づいているのは、律法を与えられたシナイ山ではなく、「シオンの山」ほかの恵みの世界であることが記されています。
詩篇84篇には、「何と幸いなことでしょう。その力があなたにあり、心の中にシオンへの大路のある人は。彼らは涙の谷を過ぎるときも/そこを泉の湧く所とします。…彼らは力から力へと進み、シオンで神の御前に現れます」とあります(5-7節)。天のシオンに向かって進む人は何と幸せなことでしょう。たとえ涙の谷を過ぎることがあっても、主の臨在が慰めとなるのですから。
私たちは世の終わりに、このシオンに近づいているのです。永遠の光である主のみもとに近づいているのです。大いに期待し、大きな希望をいただいて進みましょう。
この章で、シオンにないものを見てください。闇、暗黒、暴虐、暴行、破滅、苦しめる者、侮る者、捨てられること、憎まれること、嘆き、悲しみは、ないのです。反対に、シオンにあるものは、輝きであり、これは美しさのことだと説明する人があります。光、栄光、平和、義、救い、賛美、喜び、「主、救う者、贖う者、力強き者」である方、まさに永遠の光である主ご自身です。
年の瀬に、私たちは世の終わりに近づいているのですが、また新しい天、新しい地に近づいているのです。永遠の光である主に近づいているのです。ハレルヤ。