聖日礼拝メモ 1月26日
聖書 イザヤ書40章21節―31節
イエス様を理解するために、旧約聖書の光も必要です。
スヌーピーの作者が「あなたの神は小さすぎる」という本を著しました。欧米でも、信仰が小さくなっていると言われたのです。まして、日本のクリスチャンは、仏教や神社に囲まれていますから、心がけなければ、まことの神さまの大きさを見落としてしまいます。その意味でも旧約聖書は大切なのです。
今朝は、イザヤ書ですが、失望した人たちへの神の語りかけです。
12節では、天地を造られた神さまの知恵と力とその大きさが表現されています。
「だれが手のひらで水を量り、手の幅で天を測り、地のちりを升に盛り、山々を天秤で量ったのか。」
15節では、いろいろな国について語られています。どんなに大きな領土を持つ国も、ここでは「一滴の水、ちり、ごみ」のよう見なされています。
「国々は手桶の一しずく、秤の上のごみのように見なされる。見よ、主は島々をちりのように取り上げる。」
22節では、人間の小ささを語っています。神様に影響を与えることはできません。
「主は地をおおう天がいの上に住む方。地の住民はバッタのようだ。」
23節では、支配者たちのことが語られます。昔の大王と言われた人も、現在の大統領たちも、天地の主の前では、無に等しいのです。
「君主たちを無に帰し、地をさばく者たちを空しいものとされる。」
26節では、天地を造られた神様の知恵と力が語られています。
「あなたがたは目を高く上げて、だれがこれらを創造したかを見よ。この方はその万象を数えて呼び出し、一つ一つその名をもって呼ばれる。この方は精力に満ち、その力は強い。」万象とは天体のことです。神様は宇宙の銀河を呼び出された方なのです。
この無限の方に、心の目を向けましょう。空間においても、時間においても、あるいは知識や知恵においても、そして力においても無限なのです。
弱っている人は、「私の道は主に隠れ、私の訴えは私の神に見過ごされている」と嘆く人たちに、語られます。
「あなたは知らないのか。聞いたことがないのか。主は永遠の神、地の果てまで創造した方。疲れることなく、弱ることなく、その英知は測り知れない。」
神様は、決してあなたを見捨てない方です。「主ご自身が、『わたしは決してあなたを見放さず、見捨てない』と言われた」(ヘブル13:5)。
ですから、この方を待ち望みましょう。静かに座って、心を静め、永遠の神、全宇宙の創造者、すぐれた英知をお持ちの方を思い、求めましょう。
そのとき、愚痴を言うのでもなく、不平を言うのでもなく、新しい力が湧いてくるのです。
「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように、翼を広げて上ることができる。走っても力衰えず、歩いても疲れない」(31節)。
大いなる主に信頼して、課題を委ね、解決を期待して生きていけます。その時、「信仰の前進と喜び」を増し加えられるでしょう(ピリピ1:25)。
はかない人間にではなく、この大いなる神に頼り、寄りすがって生きていける人はなんと幸いでしょう