聖日礼拝メモ 2月16日

聖書 ヨナ書4章1節―11節

 ヨナは預言者としてニネベに派遣されました。しかし、ヨナは逃げ出して、ニネベとは反対方向のタルシシュに行く船に乗り込みました。すると海は嵐となり、大波が押し寄せました。船員たちは自分の神に祈りました。船底で寝ていたヨナも起こされて、くじが引かれました。そして、ヨナにくじが当たり、しかたなしに人々はヨナを船の外に放り出しました。すると、嵐は止み、凪となりました。船乗りたちは、ヨナの信じる神を恐れました。

 海に投げ来られたヨナは、大きな魚に呑まれました。その腹の中でヨナは悔い改めの祈りをささげます。すると、その大きな魚はヨナを陸地に吐き出します(出エジプト14:22、ヨシュア3:17を参照)。

 神様は再びヨナにニネベへ行き、神のことばを伝えるように命じます。ヨナはニネベにやって来ます。そして、「あと四十日すると、ニネベは滅びる」と告げます。ニネベの人たちは、粗布をまとい、悔い改めの姿勢をとります。これで、ヨナ書が終わっていれば、良かった、よかったで、終わりですが、4章が続きます。

 そこには、不平を鳴らすヨナの姿が描かれています。ヨナは、何を不満に思ったのでしょう。彼はこう言っています。「ああ、主よ。私がまだ国にいたときに、このことを申し上げたではありませんか」と。何を言ったのでしょうか。また、こうも言っています。「あなたがなさけ深くあわれみ深い神であり、怒るのに遅く、恵み豊かで、わざわいを思い直される方であることを知っていた」と。つまり、ヨナは、ニネベの人たちが悔い改めてしまうことを嫌がっていたのです。それが分かっていたから、タルシシュへ逃げようとしたというのです。

 これに対して、神様は、ヨナに語りかけるため、備えたものがあります。それは、まず唐胡麻です。これはヨナを喜ばせます。その後、一匹の虫と焼けつくような東風を備えます。すると、ヨナは、「私は生きているより死んだほうがましだ」と文句を言います。そこで、神様は語りかけます。「あなたは、自分で労せず、育てもせず、一夜で生えて一夜で滅びたこの唐胡麻を惜しんでいる。ましてわたしは、この大きな都ニネベを惜しまないでいられるだろうか。」ヨナは唐胡麻の世話をしたわけではありませんし、何もしてませんでした。神様は、人間を創造し、面倒を見、配慮し、育て、見守ってきました。

 ヨナは自分のことしか考えていません。神様は、人々や家畜のことを考えています。ですから、こうも言われます。「まして、わたしは、この大きな都ニネベを惜しまないでいられるだろうか、そこには、右も左もわからない十二万人以上の人と、数多くの家畜がいるではないか。」

 この神様のことばは、正に愛のことばです。「右も左も分からない」とは、道徳的分別がない人々のことで、そんな人々をも惜しんで、滅びないように願う神様の愛が示されたのです。

 神様の愛は、今も変わりません。あなたが滅びるのをとどめたいのです。ですから、神様の方法で助け出そうとしています。それは、私たちには不思議に思えるかもしれませんが、私たちの罪を御子イエス様の上に負わせ、十字架の死によって、私たちを滅びない道へ導こうとするのです。イエス様は言われました。「人の子は失われた者を捜して救うために来たのです」と(ルカ19:10)。神の愛を受けましょう。

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