聖日礼拝メモ 4月6日

聖書 マルコの福音書14章3−9節

タイトル 「ナルド油の献げもの」

 今年のイースターは、20日です。今日は、その備えとして、ある女性の献げものについて見てみましょう。この出来事は、マタイの福音書にもヨハネの福音書にも記されています。また、ルカの福音書には、似た出来事が記されています。マルコの語る出来事にしか出て来ない言葉もありますので、ここを選びました。

 この出来事の場所は、ベタニアです。エルサレムの東の小さな村で、マルタ、マリア、ラザロの家があった村です。そこの「シモンの家」とあります。マルタたちの親戚の家だったのでしょう。シモンはイエス様によってツァラアトを癒やされた人と考えられます。教会の中で、この人の家は有名だったようです。そのため詳しい説明がなされていないのです。

 この出来事の起こった時は、1節、2節にあるように、イエス様の十字架が間近になっていたときです。他の弟子たちはイエス様の死を頭から追い出していた時に、この女性は敏感にイエス様の死を感じていました。そして、感謝と礼拝と献身を表す最善の手段として、「ナルド油」を献げたのです。

 このナルドの香油は、純粋のもので、大変高価でした。周りの人は300デナリと評価しました。それは一年分の給与に相当します。嫁入りのために蓄えられていたものか、母から譲られたものか、とにかく、この女性にとって、これが最善と考えられたイエス様への愛の行いでした。

 周りの人たちは、貧しい人に施すことに使えばよかったと抗議します。それに対して、イエス様は、この女性のしたことを受け入れ、ご自分の埋葬の備えになると言われました。

 油を注ぐということは、王になる人になされました。この女性は、イエス様が神から遣わされた方として王にふさわしいと考えたのでしょう。その方が、死を目前にしていることに心を奪われ、王にふさわしい贈り物、献げものをしたいと、ナルドの香油を献げたのでしょう。

 イエス様が伝道していたとき、神殿に置かれた献金箱にレプタ2枚の献げものをしたやもめがいました。レプタは一番小さい価格の硬貨でした。しかし、主イエス様は、この人は誰よりも多く献げたと仰ったのでした。このやもめの信仰と感謝と愛を受け止めてくださったです。

 クリスマスの物語りで、東の博士たちが宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬という高価な献げものをしたことがあります。イエス様の生涯の初めと終わりに高価な献げものがなされたのでした。

 主イエスのためになすことを、この世の標準で批判するのはたやすいかもしれませんが、主イエス様はその奉仕を喜んでくださる方です。貧しい農家にリードオルガンが、聖日の賛美のために置かれていても、浪費でも無駄遣いでもないと、ある人は語っていました。また、優秀な青年が祖国を離れて宣教地におもむくことも、浪費でも無駄遣いでもなく、主に喜ばれることです。

 イエス様は、「彼女は、自分にできることをした」と言われました。別の訳では「できる限りを」となっています。今朝は着任礼拝ですが、私たちも、年を取っても「できること」として奉仕して行きます。皆さんも、ご自分の「できること」を主イエス様に献げる奉仕をしてください。

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