聖日礼拝メモ 2月23日
聖書 ヨハネの福音書1章35節―42節
1月から神様の偉大さについて考えて来ました。今朝は、神の忍耐についてお話ししたいと思います。取り上げるのは、シモン・ペテロの生涯です。
このヨハネの福音書の記録は、シモンとイエス様の最初の出会いを記しています。兄弟のアンデレの紹介でイエス様のもとにやって来たペテロに対して、イエス様はじっと見つめた後で、こう言われました。「あなたはヨハネの子シモンです。あなたはケファ(言い換えれば、ペテロ)と呼ばれます。」
ペテロとは、岩を表すことばから取られた名前です。さしずめ「巌雄」と言ったらよいでしょう。このように、イエス様が名前を新しくつけたのは、これが最初です。しかし、シモンのことをよく知っている人にとっては、この名前はふさわしくないと感じたことでしょう。そして、その人たちは、イエス様が人の性格を見る目がないと思ったことでしょう。
福音書の伝えるシモンの姿を追っていきましょう。まず、ルカの福音書5章です。その初めに、イエス様の伝道した姿が描かれています。ペテロの舟の中から、陸にいる人々に話したのです。どのくらいの時間が経ったでしょうか。話し終わると、イエス様は船を少し沖に漕ぎ出して、網を下ろすように言います。ペテロは、一晩中網を下ろしたが一匹も捕れなかったことを話した後、「おことばですので」と言って、網を下ろします。すると、網いっぱいに魚が入っていて、友人の船も含めて二艘の舟いっぱいの魚でした。シモンは、「主よ、私から離れてください。私は罪深い人間ですから」とひれ伏して言うのです。この大漁で、シモンはイエス様の弟子として、ついて行くことになります。これは彼の回心の出来事と見ることができます。
イエス様は、シモンの姑の熱病を癒やしてくださいました。マタイの福音書14章には、ガリラヤ湖の出来事が記されています。イエス様が湖の上を歩いて来られるのを見たシモンは、自分も水の上を歩いてみたいと思い、イエス様にお願いします。シモンは水の上を歩き始めると、波風に気を取られて、沈み始めます。泳げるはずのシモンは、「主よ、助けてください」と叫んだのでした。なんともおかしなシモンではありませんか。.
マタイの16章では、イエス様にすばらしい信仰告白をしています。「あなたは生ける神の子キリストです」(16:16)。しかし、イエス様がご自分の受難について語ると、「主よ、とんでもないことです。そんなことがあなたに起こるはずがありません」と言うのです(16:22)。そして、「下がれ、サタン」と、イエス様に言われてしまいます。彼は「神のことを思わないで、人のことを思って」のことばだったのです(16:23)。よく分からないままに、一生懸命なシモンでした。
また、イエス様が十字架につけられる前の日、イエス様が弟子たちの足を洗う場面では、「決して私の足を洗わないでください」と言ったかと思えば、「主よ、足だけでなく、手も頭も洗ってください」と大げさな注文を出します(ヨハネ13:8−9)。
シモンの最大の失敗は、主イエスを知らないと言ってしまったことです。それは、イエス様が捕らえられていった先に、シモンも近づいたのですが、何人かの人に「お前も仲間だろう」と言われて、知らないと言ってしまったのです。その時は、シモンは外に出て男泣きに泣いたのでした(ルカ22:62)。
そんなシモンを、「巌雄」とも呼ばれる人に変えられるのに、時間がかかります。もちろん、聖霊の助けも必要です。使徒の働きには、シモンがペテロとして活躍している姿が見えます。彼は、「この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人間に与えられていないからです」と、「民の指導者たち、長老たち、律法学者たち」の前で堂々と語ったのでした(使徒4:5−12)。
また、使徒の働き5章では、使徒たちが殺されそうになりなす。しかし、「むちで」打たれ、「イエスの名によって語ってはならない」と命じられて、釈放されます。その時の使徒たちのことばがあります。「使徒たちは、御名のために辱められるに値する者とされたことを喜びながら、最高法院から出て行った」です(使徒5:41)。なんという変わり様でしょうか。官憲を恐れてカギを閉めて閉じこもっていた弟子たちです。当然シモンもその中にいたのです。
シモンは、手紙を残しています。その中に、あの上がり下がりの激しかったシモンらしからぬ言葉が見つかります。「むしろ、心の中でキリストを主とし、聖なる方としなさい。あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでも、いつでも弁明できる用意をしていなさい」(Ⅰペテロ3:15)。その場その場で行き当たりばったりのことしか言えなかったシモンが、いつでも弁明できるように用意をしていなさいと、言っているのです。ずいぶん成長した言葉です。
また、その後で、こうも言っています。「あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあって永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみの後で回復し、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます」(Ⅰペテロ5:10)。ペテロとは、まさに不動の者の意味です。それを手紙に書けるようになったペテロです。
ここまでシモンを育てるのに、主はどれほど待ったことでしょうか。忍耐の限りを尽くしてくださったと言えると思います。育ててくださった主に感謝です。私たちも、主に信頼して育てていただきましょう。