礼拝メモ 6月2日 『御霊の助け』

聖書 ローマ人への手紙8章26節〜30節

 この8章は恵みの満ちた章です。ある人は、この章から話してほしいと言われたら、「幾ら時間があったら足りるだろう」と言っています。今回で3回目です。しっかり捉えたいと思います。

 まず、「同じように…助けてくださいます」とあります。どう同じようになのでしょうか。少し前を見ますと、「被造物のすべては、今に至るまで、ともにうめき、ともに産みの苦しみをしています」(22節)とあり、「それだけでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだが贖われることを待ち望みながら、心の中でうめいています」(23節)とあります。主イエスが来られて、新天新地が現れるまで、被造物もクリスチャンも、贖いの完成を「うめき」ながら待っているのです。

 聖霊もうめきながら取りなしをしてくださっていると、あります。聖霊のうめきは、被造物やクリスチャンのうめきとは少し違います。聖霊は、私たちクリスチャンが少しでも贖いの恵みによって変えられることを願っているのですが、なかなか成長が遅く、偏りがあり、目的にそわないためにうめきながら取りなしをしておられるのです。

 ここでは、まず祈りにおいて助けていてくださると書かれています。私たちの祈りが「願い」を中心としたものだとしたら、聖霊はその願いを中心にして神のみこころを添えてとりなしてくださいます。神の栄光のための祈りが増し加わり、みこころの中で交わりが深められて行くために、聖霊のうめきを伴った取りなしが続きます。

 この段落で重要なのは「御子のかたちと同じ姿に」私たちが変えられて行くことです(29節)。それは、有名な28節の意味の焦点をしぼる働きもします。ふつう、「すべてのことがともに働いて益となる」というとき、自分のためになると考えがちです。しかし、この「益」とは、私たちがイエス様に似るようになる点で、有効であるという意味です。

 イエス様に似る者となることは、二つの面があります。一つは、品性の面でイエス様のようになることです。これは、「御霊の実」(ガラテヤ5:22-23)に表されていることです。御霊はイエス様のように「愛の人」、「喜びの人」、「平安の人」、「寛容な人」、「親切な人」、「善意の人」、「誠実な人」、「柔和な人」、「自制する人」に作り変えてくださる方です。

 今ひとつは、私たちのからだがイエス様の持っておられた栄光のからだに変えられることです。主イエスが再び来られる日、私たちは栄光のからだに変えられるのです。そのために、今、聖霊は私たちを守り、助けてくださっています。今、聖霊が助けてくださっているのですから、主にすがり、信頼してまいりましょう。

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