礼拝メモ 6月 4日

聖書 使徒の働き11章19節−30節

 今朝は、アンティオキア教会に目を向けます。エルサレム教会はユダヤ人が中心ですが、この教会は異邦人が入っているユニークな教会です。そして、とても活発な宣教活動をした教会です。この教会の始まりについて、11章は語っています。

 まず気がつくのは、「主の御手が彼らとともにあった」という恵みです。御手がともにあるとは、主の祝福があったことを表しています。バプテスマのヨハネが誕生したとき、「この子はいったい何になるのでしょうか」とお祝いに集まった人々が驚いたと、書かれています(ルカ1:66)。その理由として、「主の御手が」ヨハネとともにあったから、と言われています。年をとったザカリヤとエリサベツ夫婦のもとに生まれたことの中に、主の特別な祝福を見たことから、これを「主の御手が」ともにあったと言ったのでしょう。ですから、アンティオキア教会は、主の祝福を受けて、特別に認められた教会だったと考えられます。

 バルナバがアンティオキアを訪問したとき、そこに神の恵みを見て、「心を堅く保っていつも主にとどまっているように」奨励したと、書かれています(23節)。この教会の人たちは、「いつも主にとどまる」ことを理解し、実行していたのです。あのぶどうの木のたとえの中で、主イエス様は、11回も「とどまる」ことを強調しました。それは、主の恵みの中にとどまること、十字架の恵みに拠り頼んで生きる姿を表しています。自分の力を拠り頼んでいると、イエス様から離れ、恵みから落ちると言われています(ガラテヤ5:4)。主にとどまるとは、十字架の贖いを信頼し、身をゆだねて生きる姿でもあります。

 アンティオキア教会の人々の信仰は、具体的なものでした。エルサレム教会に「救援の物」を送ったのです。同じように飢饉にみまわれた人々が、エルサレムの教会の人々を愛し、贈り物をしたのです。自分の身を切るほどの愛が、アンティオキア教会にはありました。まさに「愛によって働く信仰」に生きていたのです(ガラテヤ5:6)。

 このような教会の人々が、「キリスト者」と呼ばれるようになったと、あります(26節)。周りの人たちがつけたあだ名です。これは、アンティオキア教会の人たちが毎日をどのように過ごしていたかを教えてくれます。彼らは、ためらうことなく、主イエス・キリストのことを口にしていたのです。日本人は、自分がクリスチャンになったことを言い表すのをためらいがちです。もっと勇気をもってイエス様を信じていることを言い表していきましょう。

 このようなアンティオキア教会を生みだしたクリスチャンは、「散らされた人々」でした(19節)。彼らは迫害で移動した人々です。現代の私たちも、進学、就職、転勤や親元に帰るなど、いろいろな移動の理由があります。そのとき、このアンティオキア教会のように、主にとどまり、みことばを伝え、証しをし、信仰に生きていくことは、何と幸いなことでしょう。

 彼らは、一つの群れとして行動したのではないかと思います。ルカ15章でイエス様が言われたことばにヒントがあります。「友だちや近所の人たちを呼び集め、『一緒に喜んでください』」と言ったことです。彼らは祈り合い、喜び合う教会だったのです。

カテゴリー: 礼拝メッセージ