礼拝メモ 4月11日

聖書 使徒の働き3章1節-16節

 イエス様の復活後の弟子たちは、どのような生活をしていたのでしょうか。使徒の働きの3章から学んでみましょう。

 1節に、ペテロとヨハネが一緒に宮に行って祈りを献げようとしています。この2人が仲良く一緒にいることが、どんなにすばらしいことか、わかるでしょうか。馬が合わなかった人が、聖霊の満たしをいただいて協力できる人になったのです。彼らは、祈りを生活の中にして暮らしていました。

 2節では、生まれつき、足の不自由な人が登場します。40歳過ぎの男性です。「置かれていた」人生を送ってきた人です。歩くことをあきらめていたでしょうか。それとも、いつか神が歩けるようにしてくださると期待していたでしょうか。

 おりしも、ペテロとヨハネがやって来たのです。2人はこの人に「私たちを見なさい」と言いました。この言葉に反応しないはずがありません。しかし、ペテロはすぐに「金銀は私にはない」と言ったのです。それでは何をもらえるのでしょうか。ペテロは、「私にあるものをあげよう」と言います。そして、「ナザレのイエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」と言いました。この男性はペテロに手を取られて立ち上がり、「足とくるぶしが強く」なったのです。「歩いたり飛び跳ねたりし」始めました。どんなにうれしかったことでしょうか。「神を賛美」しました。

 この奇跡を知った人々が集まってきた時、ペテロは、奇跡の説明をしました。その中で、この奇跡の中心は主イエス・キリストであると示しました。ペテロは、主イエスのことを、三つの言葉で紹介します。

 「アブラハム、イサク、ヤコブの神、すなわち私たちの父祖たちの神は、そのしもべイエスに栄光をお与えになりました」(13節)。神のしもべであるイエス・キリストは、預言者イザヤの預言を成就した方です。

 「あなたがたは、この聖なる正しい方を拒んで、人殺しの男を赦免するように要求し」(14節)。人殺しの男バラバでなく、「聖なる正しい方」イエス様を拒んだのです。うちに聖さを、そとに正しさをもつこの方こそ、救い主です。

 「いのちの君を殺したのです。しかし、神はこのイエスを死者の中からよみがえらせました。私たちはそのことの証人です」(15節)。いのちの源である方を殺したことがどれほど恐ろしい罪であったかを悟らせる訴えでした。しかし、神のみわざは、人々の考えも及ばない高いみわざでした。復活の奇跡。イエス様こそ、まことの救い主なのです。

 17節以下で、ペテロは、この救い主の前に悔い改めることを勧めます。

 私たちは、このペテロの説教を見て、何に気づくでしょうか。

 まず、ペテロの変わりようです。イエス様が逮捕された時、遠くからついて行って、「おまえも仲間だろう」と言われて、自分が捕らえられることを恐れて、イエスの弟子であることを否定したペテロでした。仲間と部屋に閉じこもっていたペテロでした。しかし、この場面では、恐れることなく、主イエスの復活を語り、悔い改めを勧めているのです。この変化のもとが、主イエスの復活と聖霊の満たしなのです。

 ここには、イエス様が復活したことが証しされています。使徒の働きの記事は、イエス様の復活を抜きにしては考えられないのです。「ベン・ハー」の作者は、復活を否定しようとして、復活を信じるようになりました。復活の日、日曜日に感謝します。

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