礼拝メモ 11月1日 (召天者記念礼拝)

聖書 ルカの福音書23章39節-43節

 今朝は召天者記念礼拝です。聖書はルカの福音書の十字架の箇所です。特に、イエス様の言葉、「まことに、あなたに言います。あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます」に注目します。

 イエス様の十字架の両脇に犯罪人がつけられていました。二人は、イエス様をののしっていました。ここには、そのうちの一人の言葉が残されています。「おまえはキリストではないか。自分とおれたちを救え」と。それは、周りの議員たちと同じ目線で、自分は悪くないという意識の中から生まれたののしりでした。

 それを聞いた、もう一人の犯罪人は、彼をたしなめます。「おまえは神を恐れないのか」と。そうです、この犯罪人は、イエス様の「彼らをお赦しください」との祈りに心を動かされたのです。この人は、イエス様の中に愛と聖さを見ました。そして、そのような方は、御国に行く方だと思ったのです。いや、思っただけでなく、それを声に出しました。十字架の苦しい痛みの中で、語ったのです。「おれたちは、自分のしたことの報いを受けているのだから(十字架につけられるのも)当たり前だ。だがこの方は、悪いこと(場違いなこと)を何もしていない」。彼は自分の人生は間違っていたことを認めたのです。それを悲しんでいるのです。

 そして、向きを変えて、イエス様に声をかけました。「イエス様。あなたが御国に入られるときには、私を思い出してください。」彼の砕かれた心には、自分も御国に入れてくださいとは、とうてい言えなかったのです。

 そんな犯罪人を、イエス様は放っておきません。「まことに、あなたに言います。あなたは今日、わたしとともにパラダイスにいます。」真実を告げるときに使う「まことに(アーメン)」を使いました。イエス様は、「今日」と言いました。それは、過越の祭りの前だったからです。その大切な祭りの日には、十字架の上に犯罪人をつけておくことは避けなければならないからです。普通は二三日、いのちを保つことがある十字架刑ですが、この日はそれが許されません。大きな槌で、足を折るのです(ヨハネ19章31-32節)。足を折られてショックで、息を引き取るのです。ですから、「今日」なのです。

 しかし、大切なのは、「わたしとともにパラダイスに」という言葉です。この犯罪人がキリストであると認めたイエス様のもとに一緒にいられること、これは彼にとってどんなにうれしいことだったでしょうか。パラダイスには、もう苦しみも悲しみもないのです。平安と喜びの世界にたっぷり浸ることができるのです。「あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい」と言われた天に行かれるのです(ルカ10章20節)。

 この犯罪人の人生はどんなことがあったのでしょうか。すべての罪を赦されて、パラダイスに行くことができるのです。そうです、先に召されて方々は、パラダイスに行ったのです。そこで、この犯罪人と同じように、イエス様とともに過ごしているのです。罪を赦され、悲しみと苦しみから解放され、愛と平安と喜びの中で暮らしているのです。身代わりになられた主イエス様が、彼らの涙を拭い去ってくださったのです。どんなに感謝にあふれていることでしょうか。私たちを招いていること、待っていることを覚えましょう。

カテゴリー: 礼拝メッセージ