礼拝メモ 9月8日 愛と救い

聖書 ローマ人への手紙13章8節-14節

使徒パウロは、教会の中にある交わりを大切にした人です。その交わりの中で愛をいただいたなら、それは返済する必要はないと、語っているのです。

8節の「だれに対しても、何の借りもあってはいけません」とある「借り」は、主の祈りにある「負い目」と同じ言葉です。新国際訳では、「負い目を処理しないままにしないように」と書かれています。「何の借りもあってはいけません」という言葉から、借金を一切しない、そんな主義に立つ人もありますが、本来の意味からは離れているように見えます。

 愛の借りを作ってしまったら、何とかお返しをして、対等になろうとするのを、パウロは止めましょうと言っているのです。自分は一人で生きているのではないことを覚えて、謙虚に愛を受け止めましょう。

 続いてパウロは、「他の人を愛する者は、律法の要求を満たしているのです」と語ります。そして、律法の中で何を守ることが律法の要求を満たすことになるかを調べます。その結論は、「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい」を守ることとなります。

 その愛し方は語られていませんが、私たちの模範は神様の愛であり、主イエス様の愛です。

 「永遠の愛をもって わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに 真実の愛を尽くし続けた」(エレミヤ31:3)。神様の愛は、永遠です。もう愛するのを止めた、とか、今日は愛さない、ということはないのです。

 イエス様の十字架は、神様の愛の現れです。不敬虔な者、弱い者、罪人、敵を愛していくださったと、ローマ5章にありました。

 イエス様は最後の晩餐の席で、「世にいるご自分の者たちを愛して…彼らを最後まで愛された」と語られています(ヨハネ13:1)。「最後まで」とは、やめないで、続けて、徹底的になどの意味のある言葉です。これが、神様とイエス様の愛し方です。このように、隣人を愛することが求められています。

 11節以下では、「時」についての考え方を示します。「夜は深まり、昼は近づいていました」とは、イエス様の再臨がやって来ることを期待して生きることを勧めます。神様の贖いの計画は、イエス様の十字架の死と復活で決定的になり、次の大事件はイエス様の再臨なのです。たとい罪の「夜」が長くなっても、主の再臨と新天新地の贖いの完成は近いのです。

 「今は救いがもっと私たちに近づいている」という緊迫感が私たちの生活の中に必要です。罪から離れ、「光の武具」(エペソ6章参照)を身に着け、品位のある生き方をし、主イエス・キリストを着ること、これが再臨を待つ私たちのあるべき姿です。主よ、はやく来てください。

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